肥料設計を考える(堆肥編)その2

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 遍く日本の農家にとって堆肥は土づくりに欠かせないものとなっており、まさに堆肥至上主義とも言えるのではないでしょうか。今回はそんな堆肥について、前回の記事に引き続き私の考え方を述べています。



 ※当ブログでは、全ての記事において愛知県でつくるキャベツ・たまねぎの栽培技術・経験に基づく物ですので、全てが全ての方に当てはまるわけではないと言うことを事前にご承知ください。ご自分のつくる作物の栽培と照らし合わせご拝読頂く様お願い申し上げます。


 前回記事肥料設計を考える(堆肥編)では、堆肥の基礎的な知識とその性質よる取り扱いの難しさを説明しました。今回ではその続編として、世界からみた堆肥の施用と、堆肥を入れる目的に立ち返った時に考えなければならないこと、そして農業と家庭菜園を区切った堆肥施用の考え方について説明していきたいと思います。



■ 日本独自の堆肥至上主義(海外農業) 


  様々な媒体で調べても、我が国の農業は堆肥の施用を推進しているものが多くあります。昨今の有機農業やオーガニックといった栽培方法においても、堆肥というのは重要視されている印象です。
 では、海の向こう、海外で行われる農業は一体どのようになっているのでしょうか。気候や風土が違えば、扱う資材や栽培方法の違いもあるので一概に比較はできませんが調べてみる価値はありそうです。

<アメリカ>

 アメリカでは、大規模な堆肥の施用はほとんど見られないようです。
 作付する圃場面積が日本と比べ桁違いに広いことが要因で、日本は狭小な国土で圃場の隅々まで使いきっている一方、有名なグレートプレーンズのようなところでは、地平線の彼方まで圃場が続いているなんていうのはザラなのです。そんな広大な圃場に、全て堆肥を投入して行くのはかなり難しいということがわかります。大型の機械を使っても途方もない時間がかかりますし、そもそも投入するだけの堆肥を集めること自体が非現実的です。
 堆肥は一般的ではないですが、全く有機物を施用していないかというと、そうでもないようです。米国のトウモロコシ生産では、前作の葉や茎、根と言った残渣をそのまま残し次作の腐植補給とする手法が普及しているそうです。うちでは同様に収穫後残渣をそのまま圃場に残し次作の腐植にする方法をすでに採っていたのもあり、この方法を知った時は少し驚きました。また、同作物の栽培には期間を空けるという「輪作」も有効な手法として取り入れられており、これについては連作障害を回避するという目的である程度日本にも普及しているといった印象でした。

<ヨーロッパ>

 ヨーロッパでは、堆肥の施用に関する具体的な資料を発見することはできませんでしたが、バイオダイナミック農業やI P農法といった先進的な有機農業の割合が増加してきていることから、堆肥の施用率は高いことが推測されます。中でもオーストリアやスイスは有機農業の普及が進んでおり、厳格な審査やルールがある代わりに、直接支払い制度など制度面でも充実した環境となっている印象でした。上記2国はいずれも日本より小さい国土面積であり、我が国と同じように家族経営的な農家が主流となっていることから、耕作免責が小さいほど農作物に対する「精度」のようなものが高くなっているように思います。アメリカのような大規模・企業的農業で有機農業に取り組むのは簡単ではないのかもしれません。



 少し話が逸れてしまいましたが、海外の農業においても堆肥の施用というのは地域差があることがわかります。では、日本は堆肥を施用するに相応しい土壌なのでしょうか。日本は温暖多湿、多雨の国です。加えて急峻な国土が多く、土壌の栄養分が流亡しやすいと言えるでしょう。これは、乾燥地帯にあるアメリカの大産地や、降水量が少なく冷涼な気候のヨーロッパ諸国に比べるとかなり有機物の分解速度の早い環境ということになります。この環境下では、土壌中の有効成分はほぼ溶脱してしまいまるで「出涸らし」のような痩せた土地が多いのも頷けます。
 なるほど、こうして見ると確かに日本は堆肥施用に適した土壌と考えることができます。有機物を土壌に投入することは、腐植を増やし土の団粒構造の形成を促し、保肥力と保水力を高めることができるでしょう。
 しかし、「有機物を増やす」という目的を達成する手法として「堆肥」の投入が最善策かというと、素直に賛成できないなというのが実のところなのです。現に私のところでは堆肥を一切入れずに年間11haの圃場で上手く作物を栽培できているという実績がありますから、いくらお国から堆肥が重要だよと叫ばれてもこれ以上余分な作業を増やす気にはなれないのです。
 では、堆肥を入れずにどう腐植を確保しているかというと、上述した「前作の残渣を圃場にそのまま残す」という方法を採っています。次期作まで、残渣から再生と圃場に生えてきた雑草を、除草剤で”ある程度”枯らして大人しくしていてもらい、定植直前に耕起して一気に植えるという寸法です。有機物となるのは、前作の残渣と生えていた雑草をすき込んだ分だけ。これだけで果たして腐植分として事足りるのか?という疑問に関しては、次の項目で明らかになるかと思います。



■ 耕起の功罪(団粒構造の形成と破壊)


 それでは今回の本題になります。
 堆肥を圃場に投入し満遍なく均したら、トラクタのロータリー耕起によって土壌混和するのが一般的だと思います。しっかり混和するようにひたすらロータリーをかけ続けるという方もおられました。
 ところで、トラクタ等の機械が圃場に入ることで、自重(じじゅう)やロータリーの爪の圧力で作土の下層に「耕盤」というものが生じます。硬盤は排水性や通気性が悪く、作物の根張りに悪影響となる困り物です。また、耕起は植物の根や小動物の形成した土中の間隙(かんげき:すきまのこと)を壊し、微生物の働きでできた団粒構造を破壊する方向に作用します。言い換えると、ロータリーによる効率的な耕起作業は、土壌の単粒化を進め物理性を悪化させる側面があるということになります。

 さて、以上のことを勘案していただくと、ある矛盾に気づくかと思います。

 つまり、「求めているものを壊しながら、求めている」ということです。

 堆肥の投入の目的は何でしたでしょうか。それは前回の記事でも述べたように土壌の「物理性」「化学性」「生物性」を改善改良するためでしたね。しかし、「耕起」という作業がもたらすものは、根隙などの孔隙や団粒構造の破壊、菌根菌菌糸の切断による作物との共生抑制、ただでさえ早い土壌有機物の分解促進、有機態窒素の無機化による地力の低下など、およそ有機物を投入する目的と逆の作用をもたらすのです。堆肥施用とロータリー耕起がセットであるならば、正にそれは矛盾を孕んだものということになります。折角形成されていたこれまでの団粒構造を破壊しながら土壌の団粒化を期待するというのは、どこか滑稽ですらありあます。

 堆肥投入をしていても、ロータリーによる耕起を極小化しなければ意味がありません。その作業の労力を考えると果たしてプラスになっているのか、よく考える必要があると思います。私のところでは、圃場を耕起するタイミングは定植直前の粗起こし・本起こし作業のみ。粗起こしは硬質化した表層部の砕土と雑草や残渣のすき込みを、本起こしは畝立てができる程度に土をこなれさせることが目的であり、どちらも土壌への負荷を最低限に留めるよう努めています。
 丹念に耕起することが作物の栽培を成功させる要因にはなりません。畝が上がって、乗用半自動定植機で苗が植わりさえすれば十分なのです。このように圃場の耕起回数を極限まで抑えることで、収穫残渣や雑草の腐植だけで土作りが成立しているのです。農閑期にそれらが形成してくれた根隙や生物孔隙、微生物の働きでできた団粒構造を活かす。できるだけ何もしない。何もやらない。手をかけないことが手をかけるより上手くいく、農業ではしばしばあることですね。

 この発見は、父が多忙を極め遠方の圃場を管理しきれず、ロータリーを1度も当てることなく残渣や雑草が蔓延った状態で次期作の作付けを行なったところ、驚くほど順調な生育を見せたことがきっかけでした。怪我の功名というか、失敗は成功のもとというか、ともあれ衝撃的な出来事だったそうです。
 そう考えると、今の私の所の農法は不耕起栽培に近い形態をとっているとも考えることができそうです。

 この項目で申し上げたいのは、土壌健全性の破壊要因である耕起作業を極小化しなければ、堆肥投入という余計な仕事を増やしているだけで大した成果が得られないのではないか、ということです。

 勿論、堆肥には肥料効果があるという側面もありますから一概には言えません。ですが、出涸らし土壌の日本では、どのみち別に肥料が必要になるか、何年か堆肥投入を繰り返すことになります。堆肥のみで栽培できないこともないですが、高温多湿、多雨で分解が早く、降雨によって窒素放出が増減し、年々の堆肥成分も一定でないとなると、果たして合理的かどうか、私は疑問に感じてしまいます。



■ 家庭菜園での堆肥施用


 農業において堆肥施用はそれが本当に合理的な手法なのか大いに考える必要があると思います。一方で、家庭菜園での堆肥施用はどうでしょうか。
 家庭菜園については専門ではないので(!?)私見に留めますが、堆肥の施用はおそらく問題ないのではないかと思います。ほとんど家庭菜園は小規模なものですから、堆肥の投入といっても入れた後トラクタを入れてロータリーを当てるわけではなく、鍬などを使ってすき込むことになるはずです。それならば、既存の物理性・化学性・生物性を破壊することなくその効能を最大限活かすことができるでしょう。
 ただ、堆肥をあまり土壌と混和しすぎる必要は必ずしもないと考えています。なぜなら、多量の堆肥を土壌にすき込むと、微生物相を撹乱してしまう恐れがあるからです。堆肥に含まれる有機物は微生物の餌となりますが、微生物の急激な増加は土中の酸素と養分を多分に消費します。これにより作物が酸素・養分不足の影響を受ける可能性があるのです。
 極端にいってしまえば、堆肥は地表面に被せるように施すだけで良いと思います。それが有機物のマルチングとなって土壌の乾湿を和らげ、表層部の硬化を防いでくれます。また、植物の根は表層に近いところに多く張られるので、それらを保護しつつ有機物分解でできた養分は灌水や降雨によって効率的に根に供給されていくといった感じです。

 如何しょうか、私も一度試したくなってきました。笑 保証はしかねますが、家庭菜園を営む方はぜひ試してみていただきたい方法です。

 家庭菜園での施用を励行するのは良いとして、一つ考えてしまうのはもし堆肥が現在の農業でパッタリとうちのように使われなくなった場合、その堆肥は一体どこへ向かうのだろうということです。農家みんながもう堆肥はいらないよ、となったら大変なことになります(自分で堆肥は本当に必要か?などと言っておきながら…)。

 堆肥の海外輸出も増えてきていますが、国内消費量をカバーするほどではありません。使われなかったら、堆肥はただの「廃棄物」となってしまうのではないでしょうか。その点で、私たち農家は「廃棄物」のリサイクルという名目で堆肥を使わざるを得ない状況になっていくかもしれません。その代わりに直接支払いや補助金が用意されたりするのかなというところまで考えると、国をあげて「堆肥などの有機肥料」の施用を推進しているの本当のところはどうなのか?とまで邪推してしまいます。
おっと誰かが来たようです…


 今回はかなり突っ込んだところまでお話してしまいましたが、最終的な判断はご拝読頂いた皆様にお任せしようと思います。笑



それでは今回はここまで。
ここでも、Twitterでもコメントお待ちしています。
ありがとうございました。

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2021/09/04 (Sat) 01:38 | EDIT | REPLY |   

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