改めまして。

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改めまして、おはようございます。こんにちは。こんばんは。

毎度お決まりの全方位挨拶序文を広めているGracia(グラシア)と申します。
嘘です、広めてはいません。笑

さて、この度使用するブログサイトをmuragonからFC2へと鞍替え致しました。
理由は様々ですがそれはまた別記事に書くとして、ちょうど良い機会なので私自身のことを今一度紹介させて頂こうと思います。

私は生まれ、育ち、そして現在も愛知県在住の24歳独身男性です。
東部地域の農家の長男として生まれ、高校を卒業してからは名古屋にある四年制大学に下宿しながら通っておりました。
それなりの中途半端な学力でなまじ四年制大学まで進学したことに一縷の疑問を感じつつ、「ゆとり世代」真っ只中である私も就職活動に励みました。
希望するところは家が農家であるということもあり地元農協(JA)に就職。

(その後1年で辞職し実家で農業を始めるのですが、それに至る経緯を下記に紹介致しました。長文ですので飛ばしてもらって構いませんが、万一読んでくださるのなら恐悦至極に存じます。)

2016年4月から新社会人として働き始めます。しかし、そこで経験したのは理不尽な制度や違法な就業実態、支店間格差など現在の日本を衰退させているブラック企業そのもの。

農業協同組合は農業者たちにとって重要で必要な組織であるのに、その農家に対する事業(営農)を差し置いて運用や共済(保険)に没頭していく組織に愕然としました。

そんな中、私の配属された支店は田舎の地域を管内にしており、とてものどかで仕事量も少なく、集金等をしながら農家の長男という出生を活かして地域の人たちと良好な関係を築いていくことができました。

一緒に働く支店の職員の人たちも、全員が全員、とても優しく接してくれ、何かあった時にはすぐに手助けしてくれたり、職場環境は本当に恵まれていました。

そんな恵まれた環境で悠々と仕事をしている中、ときたま同期の職員と集まりがあったりして近況を話し合うことがありました。
そこでは、私の職場からは想像もつかない程過酷で劣悪な部署・支店があることをあらゆる人のあらゆる愚痴を聞いて知りました。
私は毎日17:30過ぎには帰路についていたのに、ある人はどうやっても19:30以降にしか帰れない、残業代は出ない。
このような実態に、私は憤りを感じていくようになりました。

私は、このまま私だけのうのうと楽に仕事をこなしていてはいけないと思うようになり、JAという組織がどういう目的で、何のために設立されたのか、歴史や組織構図など体系的な勉強をするようになりました。

そこでは、一番重要な農家の方々と接する地域のJAが、組織上部の出す目標(ノルマ)の達成機関に成り下がっているという実態を知ることができました。
農家に生まれた私としては、このような構図をどうしても許すことができませんでした。

しかし、末端(本当は根幹なのですが)組織のJAの新入職員が何を言っても、聞くはずがありません。私は日頃の楽な業務を早々にこなして、空いた時間に様々な方法を考えました。

一部の同期が毎日夜遅くまで働かされているのは許されない。しかし、この組織そのものも上の組織から搾取される宿命を持っている。では誰をどう糾弾すべきなのか。。

調べていくうち、JAは3段階の組織を持ち、系統農協という括りで地域のJAをサポートしているという内容の文章を読みました。そして実際には、毎年のようにノルマが言い渡されていることも、力関係が完全に逆転していることも。

フランスなどの農業が盛んな国でも農業協同組合は存在しますが日本のようなピラミッド型のような組織体系ではなく、上部組織はあくまで地域組織のサポートに徹することが実践されていることを知り、如何に日本の農協が遅れていて、ゆがんでいて、農業を衰退させているのかを知りました。

このままのJAではいけない、そう思った私はどうにかしてこの組織を正しい方向へ向かわせるべく思案しました。
JAは株式会社と違い、社長がおらず地域の農家の中で代表を選び組合長としてトップに置いています。

一番上が農家なのにこの実情がわかってねえのかよ、と思ったのも束の間、組織運営に関して「偉大なる素人」である組合長にできることなどさしてないのだな、と悟ってしまいました。
結局は周りの職員が決めたり上からの決め事を右から左へ流すことしかできないのでは、と考えると危機感しか覚えませんでした。


私は、1年でこの組織を去ることを決めました。


実家に入り、農業を学び、自分で組織についても勉学を深め、やがては「偉大なる玄人」としてJAを牽引していきたいと考えています。これ以上、搾取される者を増やしたくはないのです。農業の協同組合は、農家がちゃんとして、何とかするしかない。私はそう思っています。


これが、私が就職してわずか1年で辞め、実家で農業に従事し始めた理由(の一部)です。
ただの一つも、希望ある若者たちの未来を奪って良い理由はないのです。私は私の持てる全ての力を尽くし、搾取される人たちをなくして行きたいと強く思っています。




長くなりましたが、今回はこの辺りでお暇しますね。
ありがとうございました。
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